平成11年11月11日生まれ(10歳になりました!)の我が娘を語る親ばかサイトです。

子育てを通して父と母が思ったことや学んだことなどをちょっとずつ紹介していきます。

2003年12月アーカイブ

2003年12月 1日(月)

はらっぱフェア2日目・雨

はらっぱフェアの2日目だが、今日も雨。とうちゃんは会社なので手伝えない。いおぴーは相当疲れているみたいで、眠そうだ。だいじょうぶだろうか。

帰ってからshokoに様子を訊いたら、平日で雨にもかかわらず、盛況だったようだ。平日の方が気軽に来られる人が多いということか。shokoはリンゴ売りに忙しくて、バッチのボトルつくりが全然できなかったらしい。ボトル希望のお客さんに申し訳ないと言っていた。

いおぴーは似顔絵を描いてもらってきた。とうちゃんの絵とえらい違いだ。でも黒目と眉毛は同じだ。
いおぴーの似顔絵いおぴーの似顔絵(とうちゃん画)

2003年12月 2日(火)

納豆お好み焼き

引越しで家が近くなった友人と食事するというので、とうちゃんも会社が終わった後、合流。駅近くのお好み焼き屋さんへ。

友人お薦めの店とあって確かに美味しい。なんでも粉が違うそうで、業務用の粉を何種類もブレンドして作っているらしく、家庭では作れない味だそうだ。いおぴーはお好み焼きを焼くのが楽しいようで、玉を混ぜ合わせたり、砂時計をひっくり返したりと、焼き担当助手を嬉々として務めている。

最後にもうひとつ何か食べようとメニューを開き、目に付いたのが納豆お好み焼き。どんなものかと注文してみる。出てきたのは何の変哲もないお好み焼きの玉。店のおじさんは「焼けたころ呼んでください」と謎を残して去っていった。で、焼けたので呼ぶと、おじさんはお好み焼きにたっぷりとソースとマヨネーズをかけた後、おもむろに納豆をお好み焼きの上にぼてっとのせる。できあがり。てっきり玉に混ぜて焼くものと思っていたので、ただ乗っけるだけとはやや意外だった。ソース+マヨネーズ+納豆なんて生まれて初めてだが、食べてみるとこれが普通に美味しくてちょっと驚いた。

満足して店を出ると、shokoはもう一軒飲みにいきたいというので、とうちゃんはいおぴーを連れて先に帰る。抱っこ紐で前向き抱っこすると、「カンガとルーみたいだね」といおぴーは喜んでいるが、家まで20分近く歩くのでとうちゃんは腰に来てやばい。

空には何日かぶりに星がきれいに出ていて、いおぴーに星座の話をしながら歩いていたが、いおぴーは途中で眠ってしまった。

2003年12月 3日(水)

せっせっせ

いおぴーが最近お気に入りの遊びは「せっせっせ」。お寺の和尚さんがかぼちゃの種を…というやつだ。車の中だろうが、お風呂の中だろうが、暇さえあれば「せっせっせしよ~」と言ってくる。

おもしろいのは、やる度にいおぴーが勝手に続きを作り、どんどん歌詞が長くなっていくところ。字数など考えないので納まりが悪いが、ぜんぜん気にしない。やる度に変わるが、最近は料理バージョンで落ち着いてきた。最長バージョンを以下に紹介しよう。

せっせっせ~のよいよいよい お寺の和尚さんがかぼちゃの種をまきました 芽が出てふくらんで 花が咲いて実がなって 畑から取ってきて 包丁で切って お鍋に入れて 火をつけて グツグツグツグツ煮え立って お塩を入れて 味見して うん、コリャ美味しい お皿に盛って 飾りをつけて つけすぎて 食べれない 困った困ったどうしよう あっ、いい考えが浮かんだよ 飾りを取って いただきま~す パクパクパク 食ーべちゃった食べちゃった

全部ジェスチャーつき。やりながらどんどんテンションがあがって、終わると同時に大爆笑となる。別にじゃんけんとかはしなくていいらしい。

2003年12月 4日(木)

赤塚不二夫

昼休み、コンビニに行ったら赤塚不二夫キャラクターキーホルダー第2弾があったので、つい欲しくもないペットボトルのお茶を買ってしまった。第1弾の時はバカボンパパ、イヤミ、ニャロメ、少将(ダブり)をゲット。今回はぜひともウナギイヌがほしいところだ。

赤塚不二夫の世界はとうちゃんの幼少時の原風景にそこはかとなくフィットしている。モーレツあ太郎やひみつのアッコちゃんと同じ空気を吸っていたと言ってもまったく違和感がない。一方で同じ「フジオ」でも藤子不二雄は同様にオバQ、パーマン、怪物くんとリアルタイムで親しんできたわけだが、こちらはあくまでも紙の上の漫画あるいはTVの中のアニメとしてしか捉えていない。自分の幼児体験とごっちゃになるようなことは間違ってもあり得ない。

この違いがどこから来るのかと考えてみるに、赤塚不二夫の作品(に登場するキャラクター)に漂う幸薄さというか、ビンボくささが、とうちゃんにとってリアルだったんではないかと。藤子不二雄作品からは育ちのよさというか、良くも悪くも中流っていう匂いを感じていて、子供心にも「うちと違う」って思ってたんだと思う。だから育った環境によって、とうちゃんとは全く逆の感じ方をしている人も多いだろう。要はとうちゃん家がビンボーだったってことだ。

というわけで、いおぴーにはニャロメは許せてもドラえもんは与えたくないとうちゃんなのだった。

ちなみに今回はチビ太でした。

2003年12月 5日(金)

静電気

また今年も静電気のシーズンがやってきた。ことのほか静電気に弱いとうちゃんは、もうパチパチパチパチと大変である。

一昨年の冬はホメオパシージャパンの相談会で寅子先生に勧められた静電気対策レメディのおかげで、一シーズンをパチパチなしで乗り切ることができたのだが、体質自体がすっかり改善されたわけではなく、昨年はまた元のパチパチ体質に逆戻り。今年もドアノブに触るのはビクビクものだ。

ホメオパシーに関しては最近はハーネマンアカデミーやひもろぎ庵のお世話になっていて、ホメオパシージャパンとはすっかりご無沙汰なのだが、あの驚くほど良く効いた静電気対策レメディだけは、また買いに行こうかと考えている今日この頃である。

2003年12月 6日(土)

はやおき

ゆうべはいおぴーに絵本を読んであげながら、とうちゃんも一緒に(9時過ぎに)寝てしまったために、今朝は4時に目が覚めて眠れなくなったので、そのまま起きてしまった。お風呂で本を読んだり、PCに向かって掲示板にレスをつけたりしていたら、いおぴーも早起きしてきて、遊びに行こうとうるさいので小雨の降る中、近所の公園へ遊びに行った。いおぴーは新しい傘を買ってもらったばかりなので、雨も大歓迎だ。吊り橋などでひとしきり遊んで満足したいおぴーは、お腹がすいたと言い出したので、家へ帰る。家ではshokoがスープを作っているはずなのでパン屋に寄ってバゲットでも買っていこうと思ったら、まだ焼けていなくて、出直そうかと思ったがいおぴーは買って帰るといって聞かず、つぶあんパンとメロンパンを買って帰った。微妙にスープに合わない。

朝ごはんを食べたら眠くなってきた。もう丸1日過ごしたかのように疲れたが、まだ9時だ。

家具探し

雨も上がったので、午後から吉祥寺に家具を見に出かける。3人で散歩がてら公園を通り抜けて行く。この季節の井の頭公園もなかなか気持ちがいい。

電話台と照明器具を探して、家具屋を何軒かまわる。いおぴーは次第に退屈してきて、「ちっとも楽しくない」を連発して愚図る。何とかなだめながらまわっていたが(歩くのも嫌がりずっと肩車)、とうとう店内で大泣きするに至り、買い物はあきらめて帰ることにした。歩いて帰るのもきついので、ムーバスで帰る。いおぴーはバスの中で眠ってしまった。

夕方、おばあちゃんの家に遊びに行くことになっていたので、眠ったままのいおぴーを車に乗せて、出かける。おばあちゃんの家で目を覚ましたいおぴーは、「今日、ムーバスで来たんだよー」と言っていた。

2003年12月 7日(日)

ひとりでかたづけ

今日はおじいちゃんの要望で、成田まで土地を見に行く予定だったのだが、いおぴーも疲れていることだし日帰りではあわただしいので、日を改めて泊りがけで行こうということになった。

予定がぽっかりあいたので、じゃあ今日は気合を入れて部屋を片付けよう!とshokoに提案したところ、shokoは成田に行かないなら寺子屋とオフ会があるからと言って、いおぴーを連れて出かけてしまった。裏切り者~!

しかたがないので、とうちゃんひとり孤独に部屋を片付け始める。でもレメディ関係とか衣類とか、ほとんどshokoの領域なんだよなー。とりあえずほとんど手付かずの台所を片付けるべく、粗大ごみとなる予定だったステンレス製のワゴン2個と180cmの板を駆使して、簡易カウンターを設置。これでいっぺんに収納空間と作業空間ができた。shokoにさぞ感謝されるに違いない。

2003年12月 8日(月)

つっぱりポール

オンラインで注文していた突っ張りポールが届いた。ので、これを利用してさっそくスクリーンを設置。しようと思ったが、二人の手ではどうにも無理っぽい。ポールを立てるには上で突っ張る人と下でねじを締める人が必要。これに加えて、ポールで固定される対象であるスクリーンボックスを支えている人がいなければならない。

今やらないと、いつになるかわからないので、近所に住んでいる友人を呼ぶことにした。shokoが「ビール飲みに来ない?」と電話で誘う。30分で来るという。実は家にビールは無かったのでshokoが買いに出かけた。その間に友人が到着した。

3人でポール設置にバタバタとしていたら、いおぴーが起きてきてしまった。いおぴーも手伝いたがって邪魔でしかたがない。いおぴーには、離れたところから「もうちょっと右」とか「はいストップ」とか言う監督の役目を与えることで納得してもらった。

どうにかスクリーン設置完了。これでようやくDVDが観られる。さっそく1枚観ることにする。なにしろレンタルDVDが10枚も溜まっているので、せっせと観ないと大変だ。いおぴーは完全に目が覚めてしまい、一緒に枝豆などつまんでいる。夜更かし、いかんいかん。

2003年12月 9日(火)

抗生物質

こんな記事を見つけた。

風邪に抗生物質は効くと思いますか? 答えは「ノー」だ。ところが、ただの風邪に抗生物質を出している医師は少なくない。 こういった乱用が、どんな抗生物質にも抵抗力を持ってしまう耐性菌の出現を招き、深刻な院内感染を引き起こすと指摘されている。 しかし、最近まで学会や国も注意を促してこなかった。なぜ放置されてきたのだろう。

風邪の原因の90%がウイルスだ。細菌を殺す抗生物質は効かない。 抗生物質は細胞に作用するが、細胞そのものを持たないウイルスには効果がないからだ。

軽い風邪なら、十分に休養を取るといった対症療法しかない。 抗生物質が必要なのは3日以上高熱が続くなど、症状が細菌によるものと診断されてからのはずだ。

ある開業医は「患者を手ぶらで帰すわけにはいかず、患者も欲しがる」と打ち明ける。 大阪市の中浜力医師は01年、全国の開業医409人を対象に風邪患者への処方実態を調べた。 すると、抗生物質を「ほぼ全員」に処方するとした医師は30%。「2人に1人」が32%。 「ほとんど処方しない」は4%に過ぎなかった。半数以上が処方の理由として「細菌性二次感染の予防」を挙げていた。

しかし抗生物質に予防効果がないことを示す研究は数多い。川崎医科大では、風邪の患者200人の半分に解熱剤などの対症療法、 半分に抗生物質のペニシリンを投与した。治療5日目以降に抗生物質が必要だと診断された患者は、ともに3人で、差はなかった。

ようやく、来年5月に出す抗生物質の診療手引改訂版に「風邪に抗生物質は無効。細菌性二次感染の予防目的の投与も必要ない」との文章が入る。

日本の抗生物質の生産はここ10年間、減少傾向が続いている。それでも1人当たりの抗生物質の購入額は約4600円。 米国の約5100円より少ないが、フランスの約2600円、英国の約800円に比べると、格段に多い。

こんなことはすでに常識と思っていたが、なかなか認知度は低いようで、抗生物質といえば万能薬のように思ってありがたがる人も多いという話も聞く。こういった記事が出る事でようやく一般に浸透し始め、医者も渋々儲け口をひとつ手放さなくてはならなくなる。メディアの力は大きい。

ちょっと話は逸れるけれども、抗生物質とは平たく言えば生き物を殺す物質であり、細菌といえども地球上にヒトと共存する生命に違いないわけで、それが人間の体内に入ってちょっとばかり悪さをする惧れがあるからといって、入ってきただけで元々体内にいた良い菌もろとも皆殺しにすればよしとする考え方は傲慢かつ暴力的に過ぎるのではないだろうか、などと「宇宙船地球号」派のとうちゃんは思うのだった。別に細菌の命をいたわれとは言わないけれども、「病を治す」イコール「細菌を殺す」ではないという視点を持ってもいいのではないか。現に良い菌まで一掃してしまう事による副作用で悪循環を招くこともあるのだ。この辺はアトピーにおけるステロイド療法とも事情が似ている。

もっと自分のからだを信頼したい。人間はだれでも自己治癒力という現代医学など及びもつかないスマートで緻密な治癒の手段を持っているのだから。まあ、こんな事が言えるのもバッチやホメオパシーを知ったればこそだが。

2003年12月10日(水)

部屋がきれいになった!

帰ったらすっかり部屋がきれいに片付いていた。資源ごみの日なので畳んだ段ボールを全部出してすっきりしたというのもあるのだが、今日はアパートの管理会社の人が部屋を見に来ることになっていて、そのためにshokoが必死で片づけをしてくれたのだった。もちろんまだ空いていない段ボールなどや処分するつもりで出してある不用品などもあるにはあるが、荷物やごみを避けなければ歩けないといった状態からはとりあえず脱した。shokoに感謝。

2003年12月11日(木)

臨時保育

朝お弁当を作っていたら電話がかかってきた。はらっぱ園のお母さんから。電話をshokoに替わると、今日の保育を代わってほしいという内容だったようだ。急遽、shokoもお弁当が必要になったので、とうちゃんが持っていく用だったのをshokoにまわした。

帰ってからshokoに様子を訊くと、やはり一日外にいるのはつらいと、へとへとになっていた。特に今日は寒かったし、雨が降ってきたこともあり、大変だったろう。いおぴーは、めずらしくかあちゃんが一緒にいるので過剰に意識してしまい、しょっちゅうギャーギャー泣き喚いていたという。これがあるのでshokoはあまり保育に入りたくないらしい。

でも、雨が降ってきた時、ビニールシートを細長くたたみ、子供たちは一列になってそれを傘代わりにして行進するさまなどは聞いていて微笑ましい。とうちゃんもそういうところを実際に見てみたいと思った。とうちゃんが保育に入ったら、いおぴーはなおさらギャーギャー喚きそうだが。

2003年12月12日(金)

きむちブーム?

アクセス解析によれば、最近「キムチの作り方」に類する検索ワードでのイオ日記への来訪が異常に多い。ここ数日で100件を超えている。巷ではキムチ作りがブームなのだろうか。

shokoはキムチの作り方を書いた甲斐があったと喜んでいる。イオ日記にはちょっと異質なこの文章をUPした時は、「こんなのいったい誰が読むんじゃ」と言っていたのが、今はキムチを作ってはらっぱ園で売ろうかとまで言っている。

しかし、流行の源が何なのかそれが気になる。やはり、みのもんただろうか。

2003年12月13日(土)

かけもちPC助っ人

今日はとうちゃん午前午後と別件でPC設定の助っ人を頼まれている。shokoはホメオパシーの授業なので、いおぴーは預けることになる。午後PC設定に伺うのが、はらっぱ園仲間のTさん宅なので、朝から預かってもらい、午後迎えに行ったついでにPCの設定をお手伝いするということになった。いおぴーはお友達の家で遊べるので大喜びだ。

午前中の作業は無難に済ませて、Tさん宅へ。いおぴーはとうちゃんの顔を見るなり、「まだ帰らないよ」ととうちゃんを牽制する。が、そんないおぴーの心配は無用で、とうちゃんの作業のほうが思いのほか時間がかかってしまい、あっという間に夕方になってしまった。いおぴーはたっぷり遊ぶことができた。それでもまだ遊び足りないようだが。ついでにとうちゃんも一緒に夕食をごちそうになって帰った。

すっかり暗くなった道を、ふたりして全力で走って帰った。いおぴー、吃驚するくらい速い。とうちゃんついていけない。玄関にたどり着き、ふたりしてゼーゼー息を切らした。

たっぷり遊んだ上に、最後の全力疾走が効いたのか、布団に入ったいおぴーは絵本を一冊読んだところでことっと眠ってしまった。とうちゃんは、その後ひとりでDVDを観た。

2003年12月14日(日)

公園

shokoは今日も授業。とうちゃんといおぴーは朝からおにぎりを持って近所の公園へ遊びに行くことにした。

いおぴーが「自転車で行きたい」と言うので、自転車で行くことにした。実は、引越しのドサクサのせいもあり、いおぴーはかれこれ2ヶ月くらい自分の自転車に乗っていない。こっちに引っ越してからも、自転車の鍵がどこに入っているのか分からなくて乗ることができなかったのだが、いおぴーにせがまれて今朝ようやく探して出てきた。

いおぴーは自転車のかごに絵本を載せていき、なぜか公園ではベンチで絵本を読んでおにぎりを食べただけで帰ってきた。

午後は近所の蕎麦屋で天丼セットを分け合って食べた後、三角公園まで歩いていった。いおぴーは「誰か知ってる人来てるかなあ」と楽しみにしていたが、残念ながら知っている人はいなかった。天気が好いせいか公園はにぎわっており、たくさんの人がキャッチボールやフリスビーやバドミントンをしていて、それを見ていたいおぴーは自分もしたくなったらしく、ボールとフリスビーを取りに家に帰ると言うので、また歩いて帰った。

まだ空いてない(散らかるのでおもちゃの箱はなるべく開けないでおこうと思っていた)段ボールを開けてフリスビーを取り出した。今度はとうちゃんの自転車で公園へ行くことにした。帰りにはどうせ疲れたといって歩かないだろうから。

公園でフリスビーを楽しむ。いおぴーが投げると、水平には飛ばないものの、コロコロと縦になってどこまでも転がっていくので、それを追っかけたりして、それなりに楽しめた。

夕方になり、家に帰るととうちゃんの方がくたびれて先にダウン。ソファに寝そべって、いおぴーに絵本を読んでやっていたが、そのまま寝てしまって後の記憶が無い。7時過ぎにshokoが帰ってきて目を覚ますと、いおぴーもとうちゃんの斜め下あたりで丸くなって眠っていた。

2003年12月15日(月)

選択肢

痛みや苦しみがある場合は、何もせずに治るのを待つというのは辛いですよね。特に子供が苦しんでいる時は親子ともに辛いです。

しかし、(症状=治癒の過程)ですから、むやみに症状を抑える事は治癒の妨害と同義です。一見直ったように見えても、出されるべきものが出されない場合、潜行し、より深刻な病巣となるケースも少なくありません。

風邪の場合で言えば、薬に頼ると、どんどん風邪を引きやすくなり、だんだん治りにくくなります。

ですから、できれば抑えるより出し切りたいですが、現代医学では症状を出し切るという方向の治療法が無いのが非常に残念です。

ある掲示板に書き込んだのだが、果てしなく浮いてしまい(そこは楽しい親子の日常を語る場所なのだ)、書き込んだ後恥ずかしくなったので、以後は自分のところに書くことにする。

要は選択肢の問題だ。選択の余地があるならば、誰でもより良い方を選択するに決まっている。ところが医療に関しては、選択肢を持っている人が非常に少ない。現代医療(A)と代替医療(B)に対するスタンスは大まかに言って以下の5つのパターンに分けられると思う。

  1. Aしか知らない。ずっとAでやってきたからノープロブレム
  2. Bの存在は知っているが、どうにも胡散臭い。信頼できるのはAしかない
  3. Bが良いらしいけどよく判らない。結局いざという時はA
  4. Aは良くない!Bは素晴らしい!
  5. AとBの利点や欠点を知った上で、自由に最良と思われる選択をする

不幸なのは、2の人から見ると代替医療をやっている人は皆4に見えてしまうらしいところ。確かに4は陥りやすいパターンではある。結局のところ選択肢を持っているのは5の人だけだ。2や3の人も選択しているつもりで実は選択肢を減らしているだけ。

2003年12月16日(火)

ワクチンと馬券

巷ではインフルエンザのワクチンが無いと大騒ぎらしいが、作る人は作る人で苦労しているようだ。

インフルエンザ・ワクチンは通常、70~90%効果があるとされるが、今年はそうした効果が期待できないのはほぼ確かで、専門家のあいだでは、50%にも達しないとの悲観的な見方すらある。

まあ、実際のところはタイプが合っていたとしても5割効けば良い方なので、今年はまったく効かないってことですな。

科学的研究、運、そして経験による勘の3つの要素がうまくかみ合えば、予想は的中する。

まるで競馬の予想屋の言い草だな。予想の的中に必要な3つの要素のうち2つが「」と「」という時点でこの騒動自体、喜劇って感じがする。「競馬は負けて当たり前」と思う人は、「ワクチンは効かなくて当たり前」と思うべき。

2003年12月17日(水)

自己治癒力

>imasaさん

自己治癒力を高くするには何か必要不可欠なものがあるんでしょうか。

もるぺぽ 伝言板より引用

名指しでご質問をいただいたので、自己治癒力についてとうちゃんなりに考えてみる。

自己治癒力を高くする、というか効果的に働かせるためには、何事にも当てはまることだが、よく手入れをすることが必要。

汚れを落としたり磨いたり油を注したりすることで、よい状態を保つ。これはすなわち、体にとって必要な栄養素を十分に摂り、自律神経に負担をかけるようなストレスは溜めないで発散するということ。当たり前ですねー。

あと、自己治癒力の中心的存在である免疫力について言える重要な手入れ法がある。それは、適度に動かしてやること。脳みそも筋肉も使わなければ鈍ってくる。免疫力も同様であることは言うまでもない。

誰から聞いたか「風邪は病気じゃない。体の掃除だ。だから年に何回か引いた方がいい。」という言葉が印象に残っている。避難訓練とか防火訓練とかと同じで、いざという時に自己治癒力が如何なく働くための予行演習として、あるいは免疫システムの定期メンテナンスとして風邪はちょうど手頃ってことかな。そう考えればウィルスもまるっきり人間の敵ではなく、人間の健康に一役買っているということになる。

風邪をひくと、くしゃみや鼻水や咳が出る。これは別にウィルスが直接起こしているわけではない。自分の体が、ウィルスを体外に排出しようと働いているのだ。また、風邪をひくと熱が出る。これもウィルスがいやがらせで体温を上げているわけではなく、自分の体が自発的に体温を上げている。抗体を産生する免疫システムが効率よく働くのに適した温度は、日常からだが快適に動く温度より1,2度高めだからだ。この体温の時、からだは不快を感じ、活発に活動できないから、そういう時は寝ているに限る。風邪をひくと鼻や喉などあちこちに炎症が起こる。炎症は痛みや腫れを伴う。この炎症すら、自分のからだが起こしているのである。厳密に言えばウィルスによって細胞が破壊されると炎症が起こるのであるが、炎症は損傷部位や被害の大きさを計算し治癒の計画を立てるために必要な過程なのだ。炎症の発生は薬によって容易に抑えることができるが、抑えることによって実際の被害度よりも過小な治癒計画が立てられることになり、治癒がスムーズに行われなくなる。炎症を抑える薬はウィルスを殺すわけでも破壊された部位を修復するわけでもなく、単に炎症という自己治癒の過程を起こさせなくするだけなのだ。

これらの自己治癒力の働きにより、ウィルスを排出、または抗体によって撃退し終えた時を持って、風邪が治ったという。薬を飲んで鼻水が止まったり熱が下がったり炎症が引いたりしたことは決して治癒ではない。むしろ、ウィルスの排出や抗体産生の能率を悪くするから、治癒に対する妨害工作といえる。自己治癒力はこうした妨害を受けながらもウィルスと戦わねばならないのである。風邪が長引くのは、味方に足を引っ張られての泥仕合となるからだ。病気の時、自分に味方しなくてどうする。自己治癒力も人の子(じゃないか)、邪魔ばっかりされてたらそのうちやる気なくすのは必定。だんだん働かなくなってくる。

くしゃみ、鼻水、咳、発熱、炎症などは不快や苦痛をもたらすから、できれば避けたいのが人情。それらの症状を止める薬に頼りたくなる気持ちは分かる。しかし、それらの症状自体が病気の根本ではないことを理解し、自分のからだが行っていることを正しく意識すれば、多少の不快や不便などは気にならないはず。うちなんていおぴーが熱を出すと「お、免疫スクランブルモード発動!イェーイ!」てなもんだ。

今、いい例えを思いついた。親の小言をうるさいと思うかありがたいと思うかだ。薬を飲むのはヘッドフォンで耳をふさぐようなもの。いおぴーにはそんなふうに育ってほしくないなー。

追記

自己治癒力について書いたことをshokoに話したら、「風邪の効用」(野口晴哉)という本を教えられた。さっそくお風呂に入りながら一気に読んだ。

とうちゃんが聞きかじりと思いつきで書いたことを読むより、こっちを読んだ方が断然いいのでお薦め。shokoが「整体もバッチも入り口が違うだけで、アプローチする体の本質は同じ」と言った。至極納得。良い事言うなあ。

2003年12月18日(木)

ハイジ

今度はコカコーラのおまけでアルプスの少女ハイジシリーズだ。

とうちゃんは放映当時、ハイジなんて女子供の見るアニメ見られるかと裏番組の「猿の軍団」を見ており、ハイジは後に夕方からの再放送を見てクララに涙した口だ。

例によっていおぴーは一生懸命キャラクターの名前を全部覚えようとしているが、外国系の名前はなかなか難しいらしく、すぐに忘れてタイジとかキララになってしまう。ロッテンマイヤーさんはトッテンパンヤさんだ。このへんは受け狙いでわざと言ってるっぽい。そして、セバスチャンは「男の子だからセバス君でしょ!」と言って譲らない。

今のところ3回買って、セバスチャン・セバスチャン・ロッテンマイヤーだ。とうちゃんが「はずればっかりだ」にと言うと、「当たりだよ!」と怒る。このままでは、いおぴーの中ではセバスチャンが主人公(ヒーロー)になってしまいそうだ。

2003年12月19日(金)

クリスマス会

今年は今日ではらっぱ園おしまい。今日は11時お迎えでその後クリスマス会という。とうちゃんも是非行きたいところだが、午前中からはずせない仕事があって無理。残念だ。

クリスマス会、非常に良かったらしい。以下、shokoから聞いた話。クリスマスと言ってもいわゆるコカコーラスタイルのサンタクロースが登場するわけではない。プレゼントを持ってきてくれるのは小人さんだ。数日前から、毎日ひとつずつ、貝殻とかまつぼっくりだとかを持ってきてくれる。子供たちはそれらを自分で作った粘土のお皿にめいめいディスプレイしていくのだ。小人さんからのプレゼントそして今日最後のプレゼントを持ってきてくれた小人さんは、子供たちに別れを告げて去っていく。その時いおぴーは小人さんに向かって「行っちゃダメ。もっとずーっといて!」と叫んだらしい。その話を聞いてとうちゃんジーンと来た。

持ち帰ったそれをいおぴーは「いおがぜーんぶひとりだけでつくったんだよ」と誇らしげにとうちゃんに見せてくれた。

おととしの日記にも書いたように、とうちゃんクリスマス的お祭りにはきわめて批判的かつ懐疑的だったのだが、今回、はらっぱ園での話を聞いて肩から力が抜けた。子供に夢を与えるというのは何もサンタクロースを認めるということではないのだと気づかされた。赤い服を着た太ったおじさんが煙突からプレゼントを持ってこなくても、子供たちは十分にメルヘンの世界に羽ばたけるのだ。はらっぱ園にあらためて感謝。

2003年12月20日(土)

自転車に命名

いおぴー、自転車に乗って近所の公園へ。とうちゃんが何気なく「いおちゃんの自転車はなんていう名前?」と訊いたら、自転車のあちこちを調べるように見て文字の書いてあるところを指差し、「なんて書いてある?」と逆にとうちゃんに尋ねる。「それは名前じゃないよ。名前は乗る人が付けてあげるんだよ」と言うと、「おとうさんの自転車はなんていう名前?」と訊かれた。意外な切り返しに一瞬詰まりながらも、「おとうのはシルバーシャークだよ」と適当に答えた「銀色だからね」。「じゃあいおは青だから…みずたまり君にする

そしてしばらくいおぴーの愛車はみずたまり君だったのだが、とうちゃんがその名前を呼ぶたびに笑うのでちょっと嫌になったらしく、「やっぱりいおもABCの名前がいい」と言って、「青は英語でブルーだから、ブルートレインにする」と宣言。はらっぱ園の男の子たちの影響で恐竜の名前とか電車の種類に妙に詳しい。いおぴーによれば、ブルートレインは特急よりも新幹線よりも速いらしい。自転車なのにトレイン。かあちゃんはどうせならソウルトレインにしろとか勝手なことを言っている。

バッチセミナー

夜はバッチのセミナーにとうちゃんも参加。子供はいおぴーひとり(赤ちゃんを除く)だったので騒いで邪魔にならないか心配だったが、途中でおっぱい飲んで寝てくれたので助かった。

今日のテーマは「パートナーシップ」。テーマを決めて掘り下げていく講座は、テーマが何であれ新しい気づきがあって面白い。パートナー間には個々のタイプレメディとは別に、関係性自体の共通のムードレメディが必ずあるという話が特に興味深かった。うちは互いに自分を正当化して相手を批判しあうので共通のムードレメディはビーチだ、きっと。

2003年12月21日(日)

こわがり

午前中3人でユザワヤへ買い物に出かけ、中華そば屋で昼食をとった後、shokoはさらにMUJIで買い物していくと言うので、とうちゃんは公園へ行きたくて我慢できないいおぴーと一足先に井の頭公園へ向かった。

井の頭公園では、ステージで顔面紙芝居という出し物をやっていて、いおぴーが観たいというのでしばらく観ていたのだが、出てくる妖怪が相当怖いらしく(今回の出し物は黄金バット)、口では「あれって本当は中身は人間なんだよ」と言いながらも、とうちゃんの手をしっかり握って腰が引けている。そして妖怪が「井の頭公園で一人で遊んでいる女の子はさらっちゃうぞ~」と叫ぶに至り、とうちゃんの手を引いて、走って逃げ出した。ほんとうに怖がりないおぴーだ。他の子供たちは変な妖怪に大喜びしているのに。

何かのときに、いおぴーが口を尖らせて「ウソだよ~」と意地悪そうに言ったので、とうちゃんが「ウソつくと閻魔さまが全部手帳に書いていて、閻魔さまに調べられたら舌を抜かれちゃうんだよ」と言ったら、いおぴーはキュッと口を閉じて固まってしまった。その後も、いおぴーが何か我がまま言ったりするたびにとうちゃんが手帳に書き込む振りをすると、急に良い子になった。くすりが効きすぎたかな。

帰るとすでにshokoといおぴーは寝ていた。

いつものようにまずPCに向かってメールチェックするのだが、なぜかネットがつながらない。shokoのノートでも試したが同様のようだ。モデムの状態は問題ないのでルータが原因のようだが、調べるのめんどくさいので放っておいた。

ネットが繋がらないとなると、ご飯を食べて風呂に入ったらもう何もすることがない。つくづくネット依存症である。しかたがないのでレンタルしたものの、観ないで返そうと思っていた「ニュー・シネマ・パラダイス完全オリジナル版」を観ることにする(この映画、あまり好きでない上に、オリジナル版ときたら3時間近くあるのだ)。

当時は語り口のあざとさ(ミハルコフの「黒い瞳」と双璧)に辟易したものだが、完全版を観たら印象が変わるのかも(すごく感動的とか)と淡い期待を抱きつつ、何とか眠らないで観終えたが、やはり好きじゃなかった。ただ、今見るとあざといというよりも、素朴というか、単にへたなんじゃないかという気もしてきた。だとしたら、初公開版は1時間近く短縮したことが功を奏したということだ。いずれにしても、とうちゃん的にはいまいち。

ニュー・シネマ・パラダイス [Blu-ray]
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント (2008-01-25)
売り上げランキング: 11310

2003年12月23日(火)

紅白名場面

今日は午後からshokoはホメオパシーのセミナー、とうちゃんは休日出勤とそれぞれ予定がある。「いおはどうすればいいの?」と訊くので、「ひとりでお留守番して」と言ったら、「いおちゃん、ひとりでお留守番できない…」と蚊の鳴くような声で答える。ちょっとかわいそうになったので「じゃあ、おばあちゃんの家に行く?」と言うと、一転していおぴー大喜び。

というわけで、預かってもらうことにしたのだが、今日はおばあちゃんがお出かけでおじいちゃんしかいないらしい。さて大丈夫だろうか。とうちゃんはいおぴーを車で送って行き、そのまま会社へ行った。

夕方迎えに行くとshokoは一足先に来ていて、一緒に夕食をご馳走になった。TVで「紅白名場面」という番組をやっていて、思わず見てしまった。この年になるとやっぱり年末は紅白だなー。懐メロで話が弾み、shokoは幼少の頃「骨まで愛して」が十八番だったことが判明した。いおぴーも話しに割って入り、「いおも唄えるよ。♪すきなんーだけどー」と「星のフラメンコ」を歌いだした。車の中でいつも聴いているやつだ。さて、とうちゃんが最初に歌った歌謡曲はなんだろう。記憶にある限りでは「こまっちゃうナ」かな。

--------

2003年12月24日(水)

クリスマス会はしご

shokoといおぴーは昼間は中野でクリスマス会。

夕方帰ってきたらしいshokoにメッセンジャーで夜の予定を尋ねると、お寺に行くという。何しに行くのかと思ったらクリスマス会だそうだ。なんでお寺でクリスマスするんだと思うが、まあそういうお寺なのだ。行ったら大きなクリスマスツリーと祭壇には十字架とマリア様が飾られていたそうだ。

とうちゃんはご飯食べて帰ると答えたものの、食べそびれて家でひとりぼんやり。今年もさびしいクリスマスイブでした。

2003年12月25日(木)

忘年会

とうちゃん今日はお客さんと忘年会。大久保で焼肉。豚の三段腹、美味しかった~。

じんましん

夜1時近くにとうちゃんが帰ってきて部屋に入ると、ちょうどいおぴーが目を覚ましてしまった。なんか悲しげな顔をしているのでどうしたのと尋ねたら、夕方くらいから身体じゅうに蕁麻疹が出たとshokoが言う。エイピスとレスキューを摂って、今は身体はおさまってきて腕に出ているようだ。いおぴーは痒いのだろうが、殊勝にも掻かずにぺしぺしと叩いている。

どうやら昨日のクリスマス会はしごで相当に疲れたのと、ケーキやらいろいろ食べたのが出たようだ。

2003年12月26日(金)

じんましんなおった

今朝起きたらいおぴーは上機嫌で、蕁麻疹もすっかり治っていた。いおぴーは腕をまくって見せながら「ほらね」と得意げ。

昨日苦しんだ反動か、妙にいい子になっていて、いつもなら朝は食べ物や飲み物に難癖つけたり、食事の最中にうろちょろしてるくせに、今日は素直に出されたおかゆをきれいに平らげてごちそうさまするまで立たなかった。いつもこうだといいのだが。

2003年12月27日(土)

shoko忘年会

shokoは夕方からホメオパシーを勉強しているお仲間との忘年会に出かける。いおぴーも一緒に行きたがったが、連れて行ってもらえないと判ってふてくされている。

とうちゃんはいおぴーのご機嫌とりに終始。「ひとりで何でもできると閻魔さまが手帳に二重丸つけてくれるよ」と言ったのがてきめんに効果を発揮し、いおぴーはひとりで着替え、ひとりで歯を磨き、一人でトイレに行って、ひとりで布団に入った。楽だ。これからは当分閻魔さまのお世話になろう。

一冊絵本を読んだ後、「おとうさん大好きだから抱っこで寝る」と言って、とうちゃんの腕枕ですんなり眠った。可愛いのー。

2003年12月28日(日)

休日出勤

とうちゃん休日出勤。2年ぶりに忙しい年末だ。

2003年12月29日(月)

今年の10大ニュース

とうちゃん普通に出社。今日でおしまいにしたいものだ。

年末ということで、いおぴーの10大ニュースでも書こうか。

マリア保育園卒園&はらっぱ園入園
2年半お世話になったマリア保育園を卒園。今のいおぴーがあるのはマリアのおかげです。感謝してもしきれません。そして、先行きが見えないまま悩んだ末にはらっぱ園へ。どうなる事かと思ったけれど、今は良い選択をしたと自信を持って言える。
イギリス旅行
ロンドンに約10日滞在した。いおぴーは海外旅行は5度目だが、おそらく記憶に残る初めての旅行だろう。2歳の時のバンコクのことも断片的に憶えていて話もするけど、それはどうも近所だと思っている節がある。
自転車を買った
交通公園で初めて自転車に乗り、病みつきに。かっこいい自転車を見つけたので衝動買い。今は補助輪無しに憧れているが、両足が地面につくようになるまで我慢。
まるまるちゃんに!
いおぴー自ら望んで丸刈りになったのだが、周囲からは驚かれるわ、心配されるわ、男の子に間違われるわ、想像以上の波紋を呼んだ。本人も男の子に間違われるのにはウンザリしたらしく、「今度はながながちゃんになる」と言っております。
引っ越した
春先に引越しをしようとしたけれど、煮えきらず断念。しかし秋になり、あと2年以上はらっぱ園へ通う確信を持って、園の近くへ衝動的に引越し。いおぴーも満足しており、引越しは正解だったと思う。いまだ荷物は片付いていないが。

ニュースらしいニュースが10個もなかったので5大ニュースに変更。

2003年12月30日(火)

紅白

夕方からおばあちゃんたちと外食の約束をしていたので、出かけた。みんなお腹いっぱい食べすぎてナックス・ヴォミカのお世話になった。いおぴーはデザートにアップルパイをひとりで食べた。まさにデザートは別腹だ。

その後おばあちゃん家で紅白を見る。前半は知らない人ばかり(でも曲はコンビニの有線でよく聴く)で、あまり真剣に見ない。shokoは持参のノートPCでメール書きにいそしんでいた。

とうちゃんもかあちゃんもお目当ては坂本冬美と石川さゆりなのだが、途中でボブサップ対曙が気になってちょこちょこチャンネルを替えていたら、スティービー・ワンダーがハモニカで国家を演奏していたのでつい見てしまい、おかげで坂本冬美を見逃した。坂本冬美にスティービー・ワンダーをぶつけてくるとは、TBS侮り難し。

とても悔いの残る大晦日となった。

2003年12月30日(火)

ウェブサイト作りに精を出す

shokoが助っ人としてバッチフラワー教室の講師をしている助産所サンバハウスのウェブサイトのリニューアルを頼まれた。年賀状に新しいURLを載せたいとのことなのでなんとか年内に完成させようと、今日は一日PCに向かっていた。

どうにかこうにか、ひと通り出来た。細かいところは来年調整ということで。



©1999-2009 shoko & imasa , io-p.net